G-1TLR0R601K

流産が確定してから、夫と実家の母には連絡しました。
当時夫は仕事が忙しくて帰りも遅く、ほとんど話をすることができませんでした。
携帯のない時代です。私はひとりでとても不安でした。
母は離れたところに住んでいるのですが、手術が決まったその日に駆けつけてくれて、翌日の手術に付き添うためにうちに泊まってくれました。
入院してから、子宮頸管を広げるための処置で、ラミナリアという海藻の一種?のようなものを挿入するのですが、それが痛くて痛くて、その日の夜はほとんど眠れませんでした。
私はこのときまだ感情が追い付いてなくて、流されるがままになっていました。
涙が出たかどうかさえ覚えていません。
自分の感情をシャットダウンして、傷つかないようにしていたのかもしれません。
感情はロボットのように無機質で、ただただ痛みに耐えていた夜でした。