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なぜ「こころのケアサロン」を始めたのか


私は、ずっと「子どもを持つ人生」を思い描いていました。
女性なら、結婚したらいつか自然に妊娠して、子どもを産むもの。
そんなふうに、どこかで当たり前のことだと思っていたのだと思います。
けれど私の人生は、思い描いていたものとは違う道を歩むことになりました。

流産や死産を経験した天使ママ・不妊に悩む女性が安心できる居場所

命を失って初めて、命の尊さを知った

26歳のとき、初めて妊娠しました。

妊娠9週の検診で、エコーに映った小さな命。
先生が「心臓が動いていますよ」と見せてくれたとき、
画面の中で、点のような小さな心臓が確かに動いていました。

自分の中に、もうひとつの命がいる。
そのとき私は、少しずつ
「この子を守りたい」という母親の気持ちになっていったのだと思います。

今振り返ると、あの時間は
ママと赤ちゃんだけの特別な時間だったのかもしれません。
けれど、その小さな命は生まれてくることができませんでした。
10週に入るころ、稽留流産と診断されました。

そして私の心の中には、
悲しみだけではなく、強い罪悪感が残りました。
「どうして赤ちゃんは亡くなってしまったの?」
「私が子どもを殺してしまった」
「すべて私のせいだ」
「私にはママになる資格もない」
そんな思いが、何度も何度も頭の中を巡りました。

手術のあと、エコーで見ていた小さな姿がもうどこにも残っていないことに、
心がえぐられるような思いをしました。

そして、
「守ってあげられなくて本当にごめんね」
そうやって自分を責め続けました。

流産や死産を経験した天使ママ・不妊に悩む女性が安心できる居場所

「大丈夫なふり」をしていた私

私は、流産の悲しみを誰かに話すことができませんでした。

ひとりになったときだけ泣いて、
人がいるときには、何事もなかったかのように振る舞う。

夫は流産のことはもちろん知っていましたが、
私とはずいぶん感覚が違っていたようで、分かり合えませんでした。

私は「大丈夫なふり」をして、
悲しみも、苦しみも、罪悪感も、
全部ひとりで抱えこんでいました。

誰かに話したい。
そう思っても、周りに体験者も、わかってくれそうな人も見つけられませんでした。

その後も私は、二度の流産を経験しました。
そして、子どもを望んでいるのに妊娠できない日々へと入っていきました。

流産や死産を経験した天使ママ・不妊に悩む女性が安心できる居場所

「もっとがんばらなければ」と自分を追い込んでいた

29歳で二度目の流産になったあと、生理が来なくなりました。

私は「体にいい」と思うことを、ひたすらがんばりました。

ヨガをして、
食事を見直して、
マクロビオティックを取り入れて、
身につけるものまで自然素材に変えて。

最初は楽しんでいたはずなのに、
いつしか、
「これだけ体にいいことをしているのに、どうして?」
という苛立ちに変わっていきました。

妊娠というスタートラインにも立てない自分。
子どもが産まれてこられなかったのは、
私が健康ではなかったからだ。

だから、もっとがんばらなければ。

もっと体を整えなければ。

完璧な健康体にならなければ。

私はずっと、自分にムチを打っていました。

今振り返ると、
「愛したかったのに、愛せなかった」という悲しみが、
自分への怒りになっていたのだと思います。

心の奥には、
また赤ちゃんを失うかもしれない恐怖や、
「自分には母親になる資格がない」という思いも残っていました。

流産や死産を経験した天使ママ・不妊に悩む女性が安心できる居場所

がんばることをやめたとき、何かが変わり始めた

長いあいだ、
「子どもができない自分」を何とか変えようとしてきました。

けれど、がんばって、がんばって、
それでも思うようにならない。

その中で私は少しずつ、
「がんばり続けることだけが答えではないのかもしれない」
と思うようになりました。

そして、自分の人生をどう生きたいのかを考えるようになりました。

子どもがいない人生を、
どう受け止めて生きていくのか。

それは、簡単に「あきらめる」ということではありませんでした。

悲しかったし、
悔しかったし、
何度も心が揺れました。

それでも長い時間をかけて、
私は少しずつ、自分の人生を自分で選ぶ方向へ歩き始めました。

流産や死産を経験した天使ママ・不妊に悩む女性が安心できる居場所

「幸せの形はひとつじゃない」

私は、三度目の流産をしたあと、子どものいない人生を歩むことを決めました。

それから、日々を過ごす中で気づいたのです。
幸せの形は、ひとつではない。
子どもがいる人生だけが幸せなのではない。

かといって、
「子どもがいなくても幸せ」と無理に思わなくてもいい。

悲しいときは、悲しくていい。
羨ましいと思うことがあってもいい。
「これでよかったのかな」と揺れてもいい。

いろいろな気持ちを抱えながら、
それでも自分の人生を少しずつ歩いていけばいい。

私は、自分の人生を「正解」にするために、
誰かの人生と比べる必要はないのだと、
少しずつ思えるようになりました。

流産や死産を経験した天使ママ・不妊に悩む女性が安心できる居場所

自分を責めるのをやめて、自分を赦していく

私が心のケアについて学ぶ中で、
誰かに自分の気持ちをそのまま受け止めてもらう経験をしました。

泣いてもいい。
怒ってもいい。
悲しんでもいい。
うまく言葉にできなくてもいい。

ただ、そのままの自分を受け止めてもらえる。

その経験があったからこそ、
私は少しずつ自分を責めることをやめ、
自分を赦せるようになっていきました。

そして気づいたのです。

自分の心が少し満たされていくと、
周りの人にも、以前より温かい目を向けられるようになる。

自分を大切にすることは、
決して自分だけのためではないのだと。

私は今も、成長の途中です。
完璧になる必要もない。

痛みを知っているからこそ、
誰かの痛みに気づけることもある。
そう思えるようになりました。


流産や死産を経験した天使ママ・不妊に悩む女性が安心できる居場所

だから、この場所をつくりました

私が経験してきたことは、
決してすべての人に当てはまるものではありません。

流産を経験した人の悲しみも、
不妊に悩む人の苦しみも、
子どものいない人生を歩む人の葛藤も、
一人ひとり違います。

だから私は、
「こうすれば立ち直れる」と答えを渡す場所ではなく、
その人がその人の気持ちを安心して話せる場所をつくりたいと思いました。

「本当はつらい」
「まだ悲しい」
「どうして私だけ?」
「こんなことを思う私はおかしいのかな」

そんな言葉も、
ここでは隠さなくていい。

泣いてもいい。
言葉にならなくてもいい。

ただ、あなたの気持ちを、そのまま大切にする。

それが、私が「こころのケアサロン」で届けたい時間です。

流産や死産を経験した天使ママ・不妊に悩む女性が安心できる居場所

悲しみを無理になくさず、ともに生きていく

私は、悲しみをなくすことが
「癒える」ということではないと思っています。

大切な存在を失った悲しみを、
無理に忘れる必要もない。

起きた出来事を、無理に
「よかったこと」に変える必要もない。

ただ、その悲しみを抱えた自分を、
少しずつ受け入れていく。

そしていつか、
「あの経験があったから、今の私がいる」
そう思える日が来るかもしれない。

悲しみも、悔しさも、孤独も、
全部なくすのではなく、
自分の人生の一部として抱えながら、
もう一度、自分の人生を歩いていく。

私は、そんな心の回復を
そっと支えていきたいと思っています。

流産や死産を経験した天使ママ・不妊に悩む女性が安心できる居場所

これから目指したい社会

子どもをめぐる人生の中で、
どんな悲しみや葛藤を経験したとしても、
ひとりで抱え込まなくていい社会。

「もう大丈夫」と無理に笑わなくてもいい。

「こんなことを話してはいけない」と
自分の気持ちをしまい込まなくてもいい。

悲しんでいる人が、
安心して誰かに話すことができる。
自分に合った場所で、
自分の気持ちを受け止めてもらえる。
そして、悲しみを抱えながらでも、
少しずつ自分の人生を取り戻していける。

そんな社会であってほしいと思っています。

悲しみを消すことではなく、
悲しみも含めた自分の人生を、
いつか大切に思えるようになること。

「いろんなことがあったけど、
私はこの人生を生きてきてよかった」

そう思える人が、
ひとりでも増えていくこと。

そして、その人が今度は
誰かの痛みに寄り添える人になっていく。

そんなふうに、
人の優しさが次の誰かへと手渡され、
愛が循環していく社会に変わっていくこと。

それが、私が「こころのケアサロン」を通して
願っていることです。